フィラデルフィア管弦楽団 ー ライブレポート(最終回)
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ちょっと話がそれますが、このオケは女性がとても多いようです。というより、男女の比率が限りなく1:1に近い感じがします。で、これがたまたまというより、オケ自身の努力なんだと思ったのは、弦なら一つのプルトがほとんど男女のペアになっているということです。さらに、同性同士のプルトはほとんど無く、あるとしても女性2人のプルトでした。さらに面白かったのは、マーラーの6番は第4楽章で2ndティンパニが登場するのですが、その2ndがなんと女性でした! ここまで徹底しているとは、さすがアメリカ! でも、1stティンパニの音があまりに良かったせいか、2ndの音が少し聞き劣りしたのが残念でした。
僕がこのライブで最も感動したのは第3楽章でした。もともと好きな楽章だったせいか、それとも、第2楽章で十分に休んだせいか(笑)、第3楽章はかなり引き込まれて、感動させられたのです。好きな分だけ期待は大きかったのですが、エッシェンバッハ先生は期待通りの素晴らしい音楽を聴かせてくれのです。この楽章が弦楽器メインの音楽だったのが勝因であったことは間違いないと思います。やはり、このフィラデルフィア管の弦セクションは素晴らしいものがあります。ドイツのオケのように個々の楽器の音が太いとかデカイとかそういうのはないのですが、トータルとしてすごく厚みがあるのと表現の幅が広いのです。そこに、エッシェンバッハの深い音楽表現が加わり、スケールの大きい充実した音楽が出来上がったのだと思います。この第3楽章とその後の第4楽章では何度も何度も胸に熱いものを感じ、曲が終わって欲しくないと思いながら聴いていました。曲が終わった時も、いつまでもこの静けさを楽しみたいと感じるほどでした。しかし、実際はデリカシーのない野郎が一人いて、力一杯の拍手で思いっきり静寂を吹き飛ばしてくれたのですが(怒)。僕はこのライブが終わってホテルに戻ったのですが、しばらくの間、深い余韻が抜けませんでした。実は、帰国後もこの曲が頭から離れず、家にあったこの曲のCDを何種類も取り出して繰り返し聴いていたくらいです。ライブでこれほど感動するのは僕にとっては稀なことで、本当に行って良かったと思いました。
このコンサートを聴き終わって一番に感じたのは、マーラーの6番は極めて純音楽的であり古典的な作りの音楽だったんだ、ということでした。今まで僕が思っていた「6番は派手」という先入観を、この演奏は見事に打ち崩してくれたのです。どちらが正解だとかそういうことではなく、エッシェンバッハの音楽スタイルとマーラーのこの曲がぴったり一致することで、非常に説得力のある音楽が出来上がったのだと思います。エッシェンバッハという人は、たぶんオーソドックスで古典的な音楽作りをする人で、オーケストレーションの表面的な部分よりも、内面に深く入り込んで行くタイプの指揮者なのかもしれません。そして、僕自身も「やっぱ、ナマは迫力があっていいよね!」と、いつも外面的な部分に期待していた自分が、こういう深みのある音楽も理解できるようになって「オレも少しは成長したかな?」と思わせてくれたというのも収穫の一つでした(笑)。個人的には、この指揮者とオケの組み合わせで、大好きなブラームスを聴いてみたいと思いました。
(終わり)
写真は、フィラデルフィア美術館より市街地方面を望んだところ。中央一番奥に見えるのが市役所で、とても歴史のある建物のようでした。
2006.01.05 | Comments(201) | Trackback(0) | フィラデルフィア管弦楽団ーライブレポート
フィラデルフィア管弦楽団 ー ライブレポート(4)
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こう考えると、このオケのサウンド作りの主体は弦楽器で、それに色付けするよう形で管楽器やパーカッションが加わり、重要な部分はティンパニが締めるという、どちらかというとバランス重視のマイルドなサウンドなのかなという印象を受けました。自分がイメージしていた「アメリカっぽい派手なサウンド」とはちょっと違い、「落ち着いた大人のサウンド」という感じでした。ベートーベンとかブラームスとかその辺のシンフォニーをやらせたらいい感じなのかもしれないと思いました。と、今では前向きに感じられるのですが、実は曲が始まって間もない頃は「あ〜、このオケも当たり障りのないサウンド作りをしているつまらないオケなのかな〜。」と、僕は感じてしまったのです。こんなことを言うと「マエストロ様が頑張って完成させたサウンドにケチを付ける気か?このインチキ日本人めっ!」、「一回聴いたくらいでエラそうなことを言うなよ!」、「どーせオマエはパーカッションしか聴いてないんだろ!?」という声が聞こえてきそうですが、良い悪いではなく単に好みの問題なのです。僕の好みは、キレイにバランスの取れたサウンドよりも、ここぞ!と言う時には、なりふり構わずバランスを崩してでも圧倒的な音圧で熱い音楽を表現してくれる、いかにも人間っぽいサウンドなのです。で、僕の場合コンサートに来て一度こう感じてしまうと、たいてい後はどんどん悪いところが目についてしまう「アラ探しモード」、「減点法モード」になり、音楽を楽しめなくなってしまうのです。ところが、エッシェンバッハのマジックでしょうか、ビオラの女性のマジックしょうか、演奏を聴いていても不思議なことに全然飽きないのです。思いのほか、純粋に音楽を楽しんでいる自分がいたのです。表面的なサウンドに期待をしていた自分ですが、全楽章を通じて、むしろ、弦楽器のウェイトが高い部分ほど充実感があったのです。
ただ、正直に告白すると第2楽章は少し寝ました。この第2楽章というのはマーラーお得意の音遊びで、オーケストレーションの面白さが存分に楽しめる「はず」なのですが、残念ながらエッシェンバッハ先生はそれほど楽しくないようで、マーラーの作ったいろいろな「仕掛け」をサラッとやり過ごしてしまうのです。木管、金管、パーカッションが複雑に絡み合って音楽が進んで行くのですが、それら音遊びの「妙」があまり伝わってこないのです。マーラー独特の繊細さ、極端さ、唐突さ、強引さ、下品さ、グロテスクさがあまり表現されていないのです。僕は聴いていて「ヤバイ、ヤバイ」と思いながら、何度か意識を失ってしまいました。ちなみに、6番の第2楽章で僕が好きなのはブーレーズのウィーンフィルの録音(DG, 1995年)です。さすがブーレーズ。マーラーのオーケストレーションを鳴らしまくって、存分に楽しませてくれます。ブーレーズの録音を聴いた感じは、オケで練習している時の感覚に近いものがあります。全ての音が聞こえてきてオーケストレーションがどうなっているかがハッキリ分かるのです。
(つづく)
2005.12.31 | Comments(2) | Trackback(0) | フィラデルフィア管弦楽団ーライブレポート
フィラデルフィア管弦楽団 ー ライブレポート(3)

フィラデルフィア管についても、エッシェンバッハについてもほとんど知らない状態だったので、もう少しCDでも聴いて予習しておけば良かったかな、と思いつつコンサートに臨んだのですが、思わぬ発見があったり、イメージと違う部分があったり、素敵な出会いが会ったりで、とても楽しめるコンサートでした。
このオケを初めて聴くことになって一番期待していたことは「フィラデルフィア・サウンド」というものがどんなものなのか? ということでした。昔の話かもしれないけれど、よく雑誌とかには「輝かしくきらびやかな音」のように書かれていて、僕の中では「アメリカのオケだし、さぞかし管楽器や打楽器が派手な音を鳴らしてくれるんだろうな〜。これは僕好みかもしれないな。弦は逆に線が細くておとなしいのかな?」という漠然としたイメージを持っていたのです。ドイツ系の渋く太い音とは対極にある、明るくて華やかなイメージでした。ところが、演奏が始まって真っ先に感じたのは、弦が充実しているということでした。各楽器の音は太いとか厚いとかは特に感じなかったのですが、弦のアンサンブルとしては厚みのある音で、良い意味で期待を裏切られました。また、超個人的なことなのですが、ヴィオラの2プルの東洋系の女性がかなり僕好みだったのも、好印象の理由かもしれません(笑) また、特筆すべきはティンパニの重厚感で、これは素晴らしいものでした。パーカッション全体がおとなしめの音作りなのに対して、ティンパニは十分な存在感があり、音楽の要所要所をきちんと締めて、音楽全体にメリハリがを付けるのに成功していました。音的には、一打一打すべてが楽器が完全に鳴っていて、客席にいてもティンパニの釜が振動している様子が手に取るように分かるくらい、音が飛んでいました。単に耳で音を感じるというのではなく、腹で感じる音といえばいいでしょうか。これこそティンパニの手本、これが聴けただけでも来て良かったなと思えるくらいでした。
そして、もう一つイメージと違ったのは、金管・打楽器が意外におとなしいということです。これこそ好みの問題なのかもしれませんが、アメリカオケ+マーラーということもあって、金管・打楽器バリバリの激しいサウンドを期待していたのですが、その期待は残念ながら外れました。曲が盛り上がってきて金管がここで抜けてきて欲しいという部分でも、絶対に飛び出てくることがなく、金管は弦の響きに乗せて全体のバランスを保つ方向でサウンドがまとめられていたのです。まるで、金管は弦を超えてはいけないとう不文律があるかのように。パーカッションも比較的おとなしめでしたが、音自体は良く、どんな小さな音でもキチンと抜けて聴こえたので、大人のパーカッションという印象でした。シンバルはオケやプレーヤーで全然キャラクターが違うので面白いのですが、ここでは重めの音で粒がはっきり出る楽器を選んでいたようで、これもアメリカのオケの明るく広がりのある音という僕のイメージとは逆で、どちらかと言うとドイツのオケに近い音かもしれません。また、どんなに盛り上がってもシンバルが全体を突き抜けるような場面はなく、どちらかというと音量は抑えめでオケ全体に馴染むような音作りでした。粒の出やすい楽器で小さめの音(音は飛ばしたいけど音量は抑えたい)という考え方はリーズナブルと感じました。
(つづく)
写真はフィラデルフィア美術館です。あまり美術には詳しくないのですが、それでもかなり楽しめました。ゴッホの「ひまわり」もありました。
2005.11.23 | Comments(6) | Trackback(0) | フィラデルフィア管弦楽団ーライブレポート
フィラデルフィア管弦楽団 ー ライブレポート(2)

コンサートは11月12日(土)、夜8時からでした。会場はVerizon Hallで、それはKimmel Centerというところにあるらしいことまでは分かりました。これなら、ホテルから歩いて行ける距離だったので、散歩ついでに歩いて行ったら10分ほどで着いてしまいました。地図で見るより近いなぁと感じました。Kimmel Centerはまだ新しい感じで現代的な建物でした。中に入るとホールの外壁(前回の写真)が正面に見えました。建物の中にもう一つ箱があるという珍しい構造でした。すごくきれいで、木をメインに使った外壁は落ち着いた大人の雰囲気でした。チケットはWebで予約してあったので、窓口でそれを受け取り中に入りました。ドアを入って案内のお兄さんにチケットを見せると席まで連れて行ってくれました。すごく親切だなぁと思ったのですが、もしかすると僕を見て、説明しても分からないと思ったのかもしれません(笑)。
ホールの形は長方形というよりは楕円形に近く、ステージを客席が取り囲むタイプのものでした。僕の席はL列でかなり前の方で(自分で選んだのですが)弦楽器しか見えなかったのが少し残念でした。ホントはパーカッションがよく見たかったのですが。ステージでは既に半分くらいの団員が音出しをしていました。開演前にステージで音出しをするのはアメリカでよく見られるパターンでしょうか。一方、ヨーロッパや日本では、音出しはステージ裏でやって時間になると入場してくるパターンが多いと思います。アメリカ流は、プレイヤーのウォーミングアップが十分にできて、お客さんへのサービスにもなるという合理性を追求し、ヨーロッパ流は演奏前の厳かな緊張感や入場という儀式を大切にする、という感じでしょうか。僕はアメリカ流の方が楽器とかプレーヤーを観察できるので好きです。で、舞台を見て面白いなと思ったのは配置でした。弦は左からBass, 1st-Vn, Vc, Va, 2nd-Vnという古風な並びでした。マーラーだからこうしていたのでしょうか。それとも、エッシェンバッハは全部こうなんでしょうか。
定刻になると、男性の元気な声で注意事項(携帯電話を鳴らさないでとか、演奏中に写真をとらないでとか)がアナウンスされました。その後、白ひげの昔プレイヤーだったというおじいさんが出てきて、何やら説明を始めました。どうやら、今日の演奏は録音してCDにするのだそうで、あまり音を出さないでくれということらしいのです。どうりでステージ上にマイクがいっぱいぶら下がっている訳です。一通りの説明が終わり、僕達は静かに指揮者の登場を待っていたのですが、なかなか出てきません。あまりに遅いのでホールがざわついてきます。すると、今度は別の女の人が舞台に現れました。「技術的なトラブルがあるので、もう少し待って下さい」とのこと。これでまたオケとお客さんが音出しを始め、しばらくお預けとなりました。僕は、少しで長くもこの雰囲気を味わっていたかったので、得した気分でした。
(つづく)
2005.11.21 | Comments(2) | Trackback(0) | フィラデルフィア管弦楽団ーライブレポート
フィラデルフィア管弦楽団 ー ライブレポート

今、仕事でフィラデルフィアに来ています。そして今日、フィラデルフィア管弦楽団のコンサートに行ってきました。エッシェンバッハ指揮のマーラーの6番でした。実は、僕はこのオケのことも指揮者のこともほとんど知らなかったので、不安と期待が半々くらいだったのですが、すごく感動してしまいました。今これを書いている時点でも、まだ余韻が強く残っています。余韻の残るコンサートなんて久々です。帰国したらレポートを書きたいと思います。
写真はフィラデルフィア管弦楽団の本拠地のVerizon Hall。すごくきれいで、個性的な建物でした。ロビーの雰囲気も気に入りました。
2005.11.13 | Comments(0) | Trackback(0) | フィラデルフィア管弦楽団ーライブレポート
プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番 アルゲリッチ&アバド(最終回)
では、アバドの演奏はどうか? 結論から言うと、この演奏はテンポと表現がぴったりマッチしている。まず、テンポはとんでもなく速いのだが、ただ速いだけではない。一般的に、いくらいいテンポでも同じテンポのままだと飽きてしまうことがある。しかし、アバド先生の演奏は音楽がどんどん前に向かって進んで行く。別の言い方をすれば強いドライブ感がある。従って、音楽は常に緊張感を保っている。また、あまりに勢いがいいので「このまま行ったら、どうなっちゃうの?」という不安や期待という普段音楽を聴いていてもあまり感じることがない感情も生まれてくる。さらに、ここぞという盛り上げどころでは微妙に加速(アッチェレランド)したりして、さらに緊張感を煽っている。「こんな気の効いたテンポ作りはアバドらしくないね」と思う人も多いと思う。
確かに、クレッシェンドの時に微妙にアッチェレランドをかけるなどという高等テクが、水のような指揮者に使いこなせるはずもないので、たぶん自然な流れでそうなったのだろう。本番のテンポはリハーサルより間違いなく速くなっていたはずだし、オケもアルゲリッチも熱くなってテンポを煽り合っているのは想像がつく。それなのに凄いのは、この速いテンポでしかもどんどん加速しているのにもかかわらず、オケやピアノが破綻していないことだ(アバドは付いて行くので精いっぱいだったかもしれないし、観客として音楽を楽しんでいたのかもしれない)。プレイヤーは引き切っているし、楽器は鳴り切っている。従って、とんでもなく速いテンポでも「走っている」という感じではなく、音楽を表現し切っているのだ。結果として、他の演奏に比べれば速いかも知れないが、このテンポは極めて妥当であると思えてしまうのだ。
それにしても、プレーヤーのポテンシャルの高さには圧倒されてしまう。さすが、スーパー変態集団のベルリンフィル。そして奇才アルゲリッチ。おそらく、他のオケ、他のピアニストでは実現できない演奏だろう。アバドは彼等に感謝すべきである。ここからは僕の推測になるが、本番で熱くなってリハよりも速いテンポになったとき、多分プレイヤーは「おっ、こりゃはぇーな!」と感じたはずで、プレイヤーの間にはいつもより高い緊張感が生まれたはずだ。普段は冷静で余裕をもて余している超エリートのベルリン・フィルのメンバーが「ちょっとこれは本気でやらんとアカンな」と感じたはずである(ドイツ語で)。アルゲリッチも、オケのメンバーが本気モードになっているのを察知し、熱くなったことだろう。お互いが自分のポテンシャルの限界に近づきつつある事を知りながら、影響し合い、刺激し合い、挑発し合う。この緊張感こそが、この演奏を類い稀な名演にしている理由であると僕は思う。そして、このプレーヤー達とCDを聴いている僕達にとって最も幸運だったのは、このオケとピアニストの音楽作りを、誰も邪魔しなかったということだ。
(終わり)
2005.10.24 | Comments(0) | Trackback(0) | プロコフィエフ《ピアノ協奏曲第3番》
プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番 アルゲリッチ&アバド(その5)
この演奏のもう一つスゴイところは、尋常ではない圧倒的なスピード感だ。この曲は速い部分が一つの聴かせどころであるが、アバドのテンポ作りが見事にはまっている。「ちょっと待て! それはアバドのテンポ作りじゃなくて、オケが勝手に速くなっちゃっただけだよ!」と思う人がいるかもしれないが、その件はひとまず置いておこう。
一般的に、どんな曲でも適切なテンポというものがあって、それを外れると音楽は活力を失って死んでしまう。テンポが遅すぎれば曲が停滞し、早すぎれば上滑りの音楽になってしまう。そして、難しいのは「適切なテンポ」というものは一つだけではないということだ。適切なテンポは演奏者が意図する音楽表現に依存する。つまり、あるフレーズを演奏したいと思ったら、表情(強弱や音色など)とそれにマッチするテンポを与えなくてはならない。そして、適切なテンポが決まると、ただ「速い」とか「遅い」とか、そういうレベルを超えて、まるで生命が吹き込まれたように音楽が自然に流れ出し、生き生きと動き始める。ところが、表情とテンポがマッチしている演奏は意外に少ない。これは一概に指揮者だけのせいではないと思う。というのは、いくらリハーサルで適切なテンポを決めたとしても、本番でプレーヤーが走ってしまったら終わりだからだ。仮に走ったとしても、プレイヤーの力量で臨機応変にそれに見合った表情を付けられれば良いのだが、速すぎて技術が追いつかない場合には、全てを表現し切れずに上滑りで密度の低い時間が流れて行くことになる。逆に、慎重になりすぎてテンポが思ったよりも上がらなかった場合は、密度は濃いかもしれないが、しつこくてコテコテの暑苦しい音楽になるだけだ。
自分は太鼓屋だからいいテンポが出せるようになりたいといつも思っているが、これが言うほど簡単ではない。いいテンポを出せるということは、その曲を良く理解していて、イメージする能力があり、それを音にできる技術が必要だ。それができたらプロになれるかもね。オケをやっているとごく稀にすごくいいテンポを出してくれる指揮者にめぐり合うことがあるが、いいテンポが決まったときは、ホールの空気が一瞬にして変わり音楽が動き出すのが分かる。そんなとき僕は「あ〜、これこれ。このテンポだよ〜。」と心の中でつぶやくのだ(ニヤニヤしながら)。また、「この曲イマイチわかんないなぁ」と思いながら演奏していた曲が、指揮者が出した適切なテンポによって「あぁ、こういう曲だったのか!」と、理解できることもある。音楽は時間の芸術だ。時間軸に対する気配りがなければ、音楽は完成しないのだ。
(つづく)
2005.10.18 | Comments(0) | Trackback(0) | プロコフィエフ《ピアノ協奏曲第3番》
プロフィール
Author:Lenny
アマチュアオーケストラでパーカッションを演奏。最近はピアノを始めバイエルと格闘中。
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